ゲイとして生きている平凡な男

ゲイの方、ゲイに興味のある男性に読んで欲しいと思ってブログをはじめました。

あなたに会えてよかった

こんばんは。エゾマルです。

 

先日、ブログ開設から2年のお知らせが届きました!

まさか、飽きっぽい自分が2年間も続けられるなんて(笑)

3年目も、気ままに書いていけたらと思います^^

 

さて、初めてゲイの友人の葬儀に参列してきました。

彼とは同い年で、15年くらいの付き合い。

すごく気が強く個性も強くて、おそらく好き嫌いが分かれるタイプ。

でも、親しくなってみると、とても面倒見が良くて情に厚い人だった。

 

彼がいてくれたおかげで、仲の良い仲間たちができた。

はじめはみんな札幌で出会ったけど、今ではみんな離れて暮らしていた。

それでも、事あるごとに集まって、昔と変わらなくワイワイ楽しく過ごした。

 

彼の病気が分かってからも、仲間と一緒に遊びに行った。

3か月くらい前までは、車でいろんな場所に行って、美味いもんを食べて、みんなでよく笑っていた。

1か月くらい前には、自宅療養で外出は控えていたので、彼の家にお見舞いに行った。そのときもみんなでよく笑った。

またみんなで集まろうって、外まで見送ってくれた。

そして次に集まったときは、彼の葬儀だった。

 

彼はその面倒見の良さもあって、職場関係やノンケ友達、そしてゲイ友達がたくさんお見舞いに来ていたし、葬儀にも参列していた。

彼はたぶん、家族にはカミングアウトしていなかったと思う。

きっと、彼の家族は何かを感づいていたかもしれない。

でも、それを口にすることは決してなかった。

たくさんの友達に囲まれて、いつも笑って幸せに過ごしていた家族に変わりなかったからだと思う。

 

ゲイの友人で、今までに亡くなった人が何人かいたけど、葬儀に参列するのは憚られた。

ゲイの自分が突然葬儀に現れて故人との関係を聞かれても、正直に話すこともできなければ、場違いな感じがしたからだ。

訃報知っても、心の中でお悔やみを言うだけだった。

だから、彼は特別だったんだなと思う。

 

もしも自分の葬儀だったら、どうして欲しいだろうかと考えた。

自分は両親よりも先に逝くことはないと思うけど、不慮の事故などで可能性はないとも言えない。

死後にゲイバレするということ。

自分自身は死んでしまえばどうということもないが、残された家族はどうなんだろう?

母親はもしかしたら気づいているかもしれない。

でも、ゲイの友人に連絡を取ったりするんだろうか?

 

今までは、ゲイであることを家族に言う必要もない、と思っていたけど、果たしてそれで良いのだろうか?

交友関係をきちんと話していた方が、もしものときに家族も気を遣わずにゲイ友にも連絡できるし、ゲイ友達もそうと分かっていれば気兼ねなく葬儀に来られるのかも。

 

んー、でもやっぱり、両親の方が自分より先に逝くなら、知らないままで逝ってもらった方が幸せかもしれないし…。なんて思ったりもします。

 

結局、何が正解ということはないんだと思う。

自分がどう選択するかというだけのこと。

今の心境としては、初めはショックを与えるかもしれないけど、ちゃんと話しておく方が後々のためなのかなと思い始めています。

 

こんな3年目ですが、状況により考え方も、感じ方も変化するんだな、という記録になっているかと思いますw

まぁ、人間なんてそんなもんですよね?(笑)

良かったらこれかもよろしくお願いしますm(__)m

 

それでは、また!