ゲイとして生きている平凡な男

ゲイの方、ゲイに興味のある男性に読んで欲しいと思ってブログをはじめました。

「ミルク」で思い出すほろ苦さ

こんばんは。エゾマルです。

 

野原くろさんの漫画「ミルク」

読んだことありますか?

 

学生時代に好きだったノンケと共同生活することになったゲイが主人公のお話し。

昔、ゲイ雑誌で連載していた漫画です。

 

今更だけど、先日全3巻購入して、一気に読みました。

主人公を取り巻く環境は結構ハートフルだけど、ノンケを好きになって揺れ動く心情もとてもよく描かれていて、読後感は「いいもの読んだな~」って思いましたw

 

それで思い出したこと。

高校の頃、ノンケの同級生で好きな奴がいたことを思い出した。

いやー、完璧に忘れていたw

 

太目で朗らかなタイプ。そいつとはすごく仲良くて、いつもつるんでいて親友と呼べる存在だった。

一緒にいると、いつもハッピーな気持ちになった。

たくさんいる友達の中でも、そいつは特別だった。

当時はゲイ自認していなかったけど、振り返ってみると、やっぱり好きだったんだと思う。

誰かとずっと一緒にいるのは、はっきり言って大変に思うことも多かったけど、そいつとはずっと一緒にいたいと思っていた。

 

高校を卒業しても仲良くしていたけど、進路は別の学校に進学した。

やがて社会人になって、そいつに彼女ができた。

親友だったのもあって、さっそく俺に紹介してきた。

すごく複雑な心境だったし、心の底では嫉妬していたような気がする。

俺のだったのに「取られた!」って思っていたかも(笑)

(ちなみに自分にも彼女ができたけど、彼に紹介する間もなく別れた^^;)

 

でも、同じくらい祝福する気持ちもあった。

幸せになって欲しいと思った。

やっぱり複雑ではあったけど…。

 

彼女ができると、遊びに誘いにくくなった。

二人で会っても彼女の話しになるし、幸せそうな顔を見るはちょっと複雑だった。

なんか、面白くなくなった。

仕事の休みも合わなくなって、ちょっと距離ができた。

 

そして、そいつはその人と結婚した。

当然のように結婚式に呼ばれた。

余興をやらされたような気がする…忘れたけどw

いや、幸せになったのならそれでいいけど、遠くに行ってしまった感は否めなかった。

ちょっと寂しくなった。

 

今では子だくさんのようだけど、すっかり疎遠になってしまった。

そして、記憶が段々と薄れていった。

 

「ミルク」を読んで、するりと思い出した。

懐かしいけど、ちょっとほろ苦い思い出。

 

 

もしも、彼に好きだと告げていたら、何かが変わっただろうか?

いや、ゲイ自認していなかった時点で、この仮定は成り立たないね。

 

今会ったら、どんな気持ちになるんだろうか?

今も変わらない笑顔でいるんだろうか?

もしそうなら、やっぱりちょっと寂しくなるのかな。

会いたいような、会いたくないような、こんな複雑な心境のまま今夜は眠りにつきます。

 

それでは、また!

年齢による友達との関わり

こんばんは。エゾマルです。

 

ゲイとして生きている…とは言っても、ただ男性が恋愛対象ってだけで、他はノンケの生活と変わりません。

ゲイらしい活動といったら、月に1~2回ゲイバーに行くくらい(笑)

それと、月に1~2回ゲイ友達と遊ぶのと、このブログを書くことくらいです。

 

あとは、毎日仕事、週2回くらいジム、毎晩ゲーム、たまに映画やドラマ観たり、そんな平凡な生活。

まぁ、地味なもんですw

 

ライフスタイルはあまり変わらないけど、年齢によって友達との関わり方は変化した。

 

 

私の場合、ゲイ自認が30歳だったので、10~20代は完璧にノンケ生活。

友達ももちろんノンケ。

遊び友達にはすごく恵まれていた。

でも、友達が結婚すると、なかなか遊べなくなり、たまに会っても家族の話題になってあまり楽しくなくなったような気がする。

 

30代になると、やっとの思いで踏み出したゲイ活動が楽しくて、毎晩のようにゲイバーに行っていた(笑)

ゲイ友達が少しずつできて、ゲイナイトやゲイイベントへ行ったり、恋愛したり、ゲイ特有の人間関係の面倒臭さも経験したりw、ゲイとしてすごく充実していた。

やっぱりゲイ同士だからできる「恋バナ」が一番楽しかったなぁw

一方、ノンケ友達は当然家族優先で遊んでくれなくなったのと、いざ遊べても独身としての肩身の狭さを否応なしに感じるので、次第に疎遠になった。

 

そして今、40代。

ノンケ友達はほぼゼロ。ノンケとの関わりは両親と兄弟の家族、職場関係くらい。

ゲイ友達だちの話題も変化する。

人生折り返しなのもあり、健康や病気、老化とアンチエイジング、年老いた親について、自分の老後…恋愛ももちろんだけど、黙っていてもやってくる避けては通れない話しが多くなる。

でも、こういう話しがちゃんとできるゲイ友達がいることは、すごく恵まれていることだと最近は特に感じる。

 

若い頃は想像もつかなかった40代の友達との関係。

性格はお互い変わらないだろうけど、取り巻く環境は確実に変化する。

これから迎える50代、そして60代、今後知り合う新しい友達も含め、一緒に年を重ねていく友達を大事にしないとね^^

 

それでは、また!

肉好きなのに肉食とは言えない。今は。

こんばんは。エゾマルです。

 

「あ、この人イケる!」

と思ったら、その後「この人とヤリたい」と思いますか?

 

私は、「美味しそう」とは思うw だけど「Hしたい」とはあまり思わないタイプ。

どちらかと言うと、顔よりも体型重視だけど、体目当てというよりも造形的に「イケてる」と感じる。

筋肉に脂肪が乗っている人はカッコいいと思うし、丸っと太目な人は可愛い。

基本的に肉付きのよい体の大きな人には安心感を感じる。

好きなタイプなので性的魅力は感じるが、「魅力的だからHしたい」とはならない。

 

昔はよく知りもしない相手とセックスしたこともあるけど、決まって後悔していた。

終わった後の虚しさがハンパなくて、それを通り越すと罪悪感と悲しさだけが残った。

自分には、ヤリ目とかセフレとか、そういうのは向いていないと思った。

 

そんなこんなで、いきなりセックスとは考えられなくなった。

だからと言って、セックスしないわけじゃない。

相手を信頼し、好きになって、お互いが求め合う雰囲気になって、やっとセックスが楽しく感じられるようなる。

 

こう書くと、ずいぶん綺麗ぶっていると思う人もいるかもしれないが、これは潔癖症に近いものかもしれない。

そこまでセックスしたいと思っていないし、わざわざ虚しさや罪悪感を感じることをする意味もないというだけ。

自分が気持ちよくなるだけなら、セルフで処理するのが手っ取り早いしw

 

 

溜まってくると、もちろん出したくなるw

だけど、不思議と知っている人をネタにすることがない。

リアルに知っている人のHを想像するのは、両親のHを想像するのと同じように感じているのかも。

だから、私の場合はもっぱらエロ動画。

 

「これでヌイてください」って商品なので、なんの罪悪感もなく、しかも好みのタイプで気持ちよくヌケる(笑)

エロ動画大好きw

そういえばゲイ自認する前も、男女物でAV男優ばっかり観ていたなぁ…なんて思い出したり。

 

でも、もしかしたら、今後すごくセックスが上手い人と出会って、セックスの旨味を知ったら、いろんな人とセックスしてみたくなっちゃう未来もあるかもしれませんw

遅咲きの狂い咲きってやつ?(笑)

 

それでは、また!

プロポーズから始まる第一章

こんばんは。エゾマルです。

 

前にもどこかで書いたかもしれませんが、過去に女性と付き合ったことがあります。

ゲイかもしれない。

気の迷いかもしれない。

そんな風に揺れ動いていた時。

 

社会人になって間もない頃。

凄く仲の良い同級生男子のことがずっと気になっていた。

親友と呼んでも差し支えないくらい、ずっと一緒にいた彼。

卒業してからも、ずっと友達でいたかったから、気持ちを封印しようと思っていた。

 

そんなとき、同級生の女子に告白された。

それまで女子と付き合ったことがなかったので、女を知ったらそっちの方がいいって思うはず。

その子ともずっと友達で良く知っていたから、嫌いじゃなかったのもあって付き合ってみることにした。

 

でも、いざ付き合ってみると、社会人一年生で仕事に必死だったのもあり、毎日の電話も週末のデートも凄く負担に感じた。

性的欲求もまったく湧かず、それどころか色々面倒くさくなってしまい、数か月で別れた。

 

その後はしばらく、仕事に専念することにした。

職場の環境や同期の仲間にも恵まれ、仕事が楽しくて恋愛なんてそっちのけだった。

そんな仕事でも、若い頃はいろいろ思うところがあり、やがて転職した。

 

新しい仕事も地に足が付いたと感じた頃、20代後半。

大人になり、お金も自由になり、やりたいことは何でもできると思っていた頃。

好きだった同級生の彼とも疎遠になり、ネットでゲイの人のブログや掲示板を見つけては読んだりしていたが、親が望むような生活をしないといけないような、妙な強迫観念にとらわれていた。

 

「結婚して家庭を持って一人前」

 

そんな風に言われていたとき、また女子と付き合うチャンスが来た。

年上の彼女。

デートも楽しかったし、良いところも、そうじゃないところも、お互いに認め合った。

人として、好きだと思った。

でも、やっぱり性的魅力は感じられなかった。

いい年をした大人の男女だったが、セックスレスのまま1年が過ぎた。

 

年上の彼女は30代。

結婚、そして出産というタイムリミットがある彼女から、とうとうプロポーズされた。

ついに来てしまった、と思った。

 

運命の分かれ道。

Yesと言えば、親が望む子供の幸せルートに入れる。

 

そう、親の望み。

 

その道は、自分にとっての幸せなのか?

 

凄い勢いで頭の中を未来像が駆け巡った。

一緒に暮らせるのか?

結婚式を計画するのか?

相手の家族と上手くやっていけるのか?

子どもはできるのか?

 

彼女にとって、それは幸せなのか?

 

こんな不確かな気持ちで、一人の人生を背負う覚悟はできなかった。

子どもができたら、その分の人生もだ。

時間も金も人生もすべて捧げる覚悟は、俺にはなかった。

そんなの、俺の望みじゃない…。

 

結局、彼女とはそれで終わりにした。

1年も無駄にさせてごめん、と思った。

1日でも早く、誰かと幸せになって欲しいと思った。

 

そしてやっぱり、俺も幸せになりたい。

そのためには、自分に正直になって、勇気を出して踏み出さなければならないと思った。

彼女のプロポーズが、ゲイ自認のきっかけになった。

 

もしもゲイじゃなかったとしても、きっと結婚してなかったと思う。

あのとき頭の中を駆け巡った未来像は、ゲイとか関係なく恐怖そのもの。

世の中のお父さんって、妻や子どもの人生を背負っていて凄いなと思う。

既婚でゲイの方はどんな折り合いをつけているのか…人それぞれだとは思うけど、いろんな苦労をされているんだろうとお察しします。

 

私も40代半ばになり、少しは大人になりました。

今は、誰かと一緒に暮らす人生もありかな、と思い始めています。

でも、相手はやっぱり男がいいな(笑)

 

それでは、また!

 

秘密主義

こんばんは。エゾマルです。

 

自分がゲイであることは、絶対に秘密です。

親にも、兄弟にも、幼馴染みにも、職場でも、絶対に。

 

「本当の自分を知って欲しい」「嘘をつきながら生きてくのは嫌だ」と言ってカミングアウトを決意する話しを見かけます。

そう感じる人は、本当に苦しい思いをしているんだろうな、と思う。

また、自分に対して素直で正直で純粋なんだろうな、とも思う。

 

他人事のように感じるのは、自分はそういうタイプじゃないから。

私は、子どもの頃から「秘密主義」だったと思う。

嫌なこと、大変なこと、困ったこと、いろいろあったけど、親や友達に相談することはあまりしなかった。

余計な心配をかけたくなかったし、何より弱みを見せたくなかった。

 

人は自分の期待通りに動いてくれないものだと知っていたから。

期待して、がっかりするのが嫌だった。

人に頼るよりも、自分でどうにかした方が確実だし、精神衛生的にも良いと思った。

実際に、自分で解決できることも多かったし、気持ちに折り合いをつけてやり過ごすこともできた。

 

仮にどうにもできなかったときは、自分が至らなかっただけなんで、仕方ないと諦めもつけられるw

終わったことを後悔したり、くよくよ悩んでも事態が好転するわけじゃないので、「次は同じことを繰り返さなければいいよね」と開き直ることにしている(笑)

 

だから「いつも笑顔で、気分にムラのない安定した人」という印象を持ってもらうことが多い。

たぶん、そういう人間w

そう思っていてもらった方が楽です。

 

自分のことをすべて知ってもらうことはできないし、知ってもらう必要もない。

悪いことや後ろめたいことをしているわけじゃないし。

 

ゲイである、ということは決して弱みではない。

だけど、それを知った人の受け止め方は千差万別。

親はきっと理解してくれる。しかしその本心は計り知れない。

仕事上では、それこそ明かす必要はまったくない。仕事にセクシャリティーは関係ないのでw

ノンケ友達も同様に、友達にセクシャリティーは関係ないと思っているので、あえて言う必要もない。私の場合は、特にノンケには踏み込んで欲しくない領域だから、知られた方が苦痛になると思う。

 

彼氏には隠し事をせずに何でも話すか?

否。二人にとって必要なことは話すべきだが、すべてを話す必要はないと思う。

それはお互い様。相手のことすべてを把握する必要はない。

 

疑いだしたらキリがないっしょ?

相手を信用し、信頼する方が楽ですw

それに、少しくらい自分だけの交友関係や空間があった方が、お互いにガス抜きができてちょうど良いくらい。

お互いに、ドーンと構えていられる関係が理想^^

そんな彼氏が欲しい(笑)

「帰ってくる場所は、常にあなたの所だからね」そんな感じw

 

それでは、また!

イカロスの翼

こんばんは。エゾマルです。

 

片想いをずっとし続けられる人って、凄いなと思う。

相手は自分を愛してくれないのに、それでも好きでい続けられることが。

 

実は、ノンケで好きな人がいます。

しかも、既婚者。

もちろん、彼は私がゲイであることを知りません。

 

誰にでも優しくて、ちょっと繊細で、でも大らかで、趣味も話しも合って、ずっと一緒にいたいという存在。

 

もっと仲良くなりたいという気持ちと、これ以上仲良くしたくないという気持ちが混在している。

一緒にいると楽しいのと同時に、これ以上はどうしようもないという現実を知る。

 

好きだけど、絶対に打ち明けることはありません。

彼を困らせるだけなのはわかりきっているから。

 

決して成就することのない想い。

奥さんが羨ましいと思いつつ、自分の出る幕はないと自己完結。

 

だから、このちょうど良い距離感をキープする。

これ以上近づいたら自滅するから。

 

私はノンケを好きにはならない。

私はパートナーがいる人を好きにならない。

 

好きな気持ちは自然と湧き上がるものだけど、執着はしないことにしている。

彼の幸せを願って。

自分の幸せを求めて。

 

最近は感情が豊かになってきた気がする。

ちょっとした気持ちの変化に敏感になることが自分自身にとって大事だと思う。

なんとなく、少しずつ、心を耕しているような感覚。

切ない感じも、思いつめなければ侘び寂び。

そんなに悪いもんじゃないって気持ちです。

 

それでは、また!

単純に『もったいない』

こんばんは。エゾマルです。

 

今日は映画『ヴェノム』を観てきました!

もともとマーベル作品は大好きで、雷神ソーがNo1、次にハルクが好きだったのですが、今回のヴェノムもかなり好きでしたw

 

ネタバレはしませんが、主演のトム・ハーディもすごくカッコ良かった!

ただ、タトゥーがなぁ…。

ヤンチャ系が好きな人は、きっと墨入りだと上がるんですよね?

 

私はあまり好きではありません。

タトゥーがあろうがなかろうか、その人の人格には何も関係ないのはわかるのですが、墨が入っているとすごく残念な気持ちになります。

 

これは、美的感覚の問題かもしれませんが、墨がない方が単純にキレイだと思うんです。

外国とは文化の違いがあると思うけど、タトゥーはない方がカッコいい。

デザイン云々の話しではない。

なんとなく、文化遺産にらくがきされた感じに近い?

 

日本人だともっとそう思います。

すごく好きなAV男優が、前作までなかったのに新作でタトゥーが入っていたときの落胆度合いが半端ないです。

個人的に魅力が半減。

タトゥーが気になって集中が阻害されるし^^;

 

おっと、話しが反れたけど『ヴェノム』はかなりオススメです^^

続編希望。

いや、たぶんあると思いますw

 

予告でやっていた『アクアマン』も気になる。

こっちはマーベルじゃなくてDCです(笑)

やっぱりタトゥー入りキャラですが…^^;

 

好きになった人にタトゥーが入っていたとしたら、それはたぶん許容範囲。

若気の至りで入れちゃったんなら、それは仕方ないです。

でも、タトゥーを『カッコいいだろ?』的アピールをするような人を、たぶん好きにはならないと思う(笑)

タトゥーが悪いってわけじゃなくて、価値観の相違ってやつですw

 

それでは、また!